天正18年(1590年)徳川家康の関東転封に伴い大谷村や山田村を知行した旗本森川金右衛門氏俊の菩提寺です。森川氏は、徳川家康の旗本として姉川の合戦や小牧・長久手の戦いなどに参加し活躍しました。

森川氏は大谷村や山田村を知行するとしばらく大谷に居住し、 天正20年(1592年)比丘尼山にあった大谷山寿昌寺を現在の扇谷に移し、寺の名を「扇谷山宗悟寺」と変えました。
森川金右衛門氏俊の法号は「桐蔭宗悟居士」と云います。

扇谷山宗悟寺

宗悟寺には、若狭の局が持ち帰ったと伝わる頼家公の位牌、若狭の局が夫頼家を失った苦しみから逃れるために祀った蛇苦止(じゃくし)観音や森川家から寄贈された森川氏の陣羽織等が伝えられており、寺の墓地には市指定文化財森川氏の墓地も整備されています。
また、境内には地元の有志による比企一族顕彰碑が設置されています。

頼家公ご位牌
森川氏の陣羽織
蛇苦止観音
森川氏の墓地
比企一族顕彰碑

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